鋼鉄のうばたま

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那須の 御神火祭 で狐人間になろう② 那須温泉神社

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隣りの 那須温泉神社  へ寄ってみます。温泉は「ゆぜん」と読むそうです。

殺生石 のある場所から直接行ける小道もあるのですが、一旦戻って、大鳥居から入りました。

大鳥居の前に「こんばいろの湯」という足湯があります。

「こんばいろ」というのは湯元でかたくりの花の事らしく、4月下旬頃になると境内でかたくりの花が見られるそうです。

大鳥居をくぐると、社務所の手前に「大和さざれ石」があります。

さざれ石とは、永い歳月の間に小石が凝結して出来た岩の事です。

因みに、国歌の「君が代」ではさざれ石は文字通りの小さい石としており、それが巌となり苔が生すまでの永い年月を歌っています。

この大和さざれ石は神霊が宿るとされ、触れると願いが叶うと言われています。

その姿は単純に凄みを感じます。

 

社務所を覗くと、那須与一や狐に因んだお守りなどがあり、興味を惹かれます。

小さな狐の置物に入ったおみくじもあり、その可愛いらしい姿に一目惚れし購入。

去年の正月と、その年の夏の氷川神社のと、今年の正月、三連続で大吉だった私、緊張しながら開けてみると、残念ながら今回も大吉とはいかず、小吉でした。

まぁ、良い事しか書いて無かったので良いか。

 

おみくじを結び、二之鳥居をくぐると、狐面を被り、着物姿の小柄の女性らしき方が立っていました。

手には笹を持っています。

この方、私は今回のお祭りをTwitterで検索した際に表示されたので、何となく覚えていました。

この方、沢山の手作りの香袋などを作り、何と無料で配布している様です。笹にはそれらが括り付けられていました。

Twitterで再度探してみたら、「オサキ狐のアサキ」さんという方らしいです。

お祭りを盛り上げようと、皆に喜んで貰おうと、頑張って下さってるんですね。

同じ栃木県民として、祭りに参加する者として、感謝します。ありがとうございます!

私も一つ頂きました。

↓三之鳥居に向かって歩いて去って行くアサキさん。

二之鳥居と三之鳥居の間には、左手に愛宕社&愛宕神水水琴窟祖霊社。右手に見立神社天満天神があります。

愛宕社の入口↑この先、拝殿までの遊歩道があったようです。

三之鳥居へ。

↑この階段の先の三之鳥居は那須与一が奉納して下さったそうです。

三之鳥居をくぐるとすぐ右手にミズナラの大木があります。

なんと樹齢は推定800年!御神木、その名も「生きる」です。

凄い幹です。折角なので触らせて頂きました。暖かい岩の様な肌です。

那須与一が鳥居を奉納した時期に植えられた樹なのでしょうか?元々ここに立っていたのかもしれませんが、同じだけの時を過ごしている事に間違いありません。

 

さてその那須与一ですが、かつてこの場所で弓矢の稽古をしていたとされ、1180年に必勝祈願に訪れた源義経とここで出会ったとも言われています。

そして1185年、あの有名な屋島の戦い扇の的を射る際に、以下の様に唱えたといいます。

『南無八幡大菩薩、別しては吾が国の神明、日光権現宇都宮、那須温泉大明神、願わくはあの扇の真中射させてたばえ給え・・・』

見事矢を命中させた与一は頼朝公より20万石を賜ります。

感謝の意を示すものとして与一は社殿を寄進し、その他鏑矢蟇目(ひきめや)、征矢(そや)、桧扇、そしてこの三之鳥居も奉納しました。

 

そもそも、この神社は弓矢と大変深い繋がりがあります。

那須与一のお話ですら伝説に近いものがありますが、その555年前、更におとぎ話の様な伝説があります。

 

630年舒明天皇の時代、丁度第一次遣唐使の年ですね。那須の郡司であった狩野三郎行広という方が狩りに出、子牛ほどの白鹿を追っていました。放った矢は鹿に刺さるも逃げられてしまいます。後を追うも濃い霧で見失ってしまい、呆然と立ち尽くしていました。すると、岩の上に白髪の老翁が現れこう言います。「汝の求める鹿は、かの谷間の温泉に浴して傷を癒しておれり。その温泉は万病を治して甚だ効あり。汝よろしく之を聞きて万民の病苦を救うべし。」老翁はそう言い終えると消え去りました。その言葉通り、温泉を発見し祠を建立しました。

 

その温泉こそが、温泉神社の真ん前にある「鹿の湯」であり、祠が「那須温泉神社」になったという訳だそうです。

 

神木「生きる」の前を通り、少し歩くと短い石段が2つあります、その石段と石段の間の左側に松尾芭蕉句碑があります。

前回のブログでも少し触れましたが、1689年に奥のほそみちの道中でここに立ち寄り、「湯をむすぶ 誓いも同じ 石清水」と詠んだそうです。

 

最後の短い石段を上ると本殿のあるエリアに入ります。大鳥居から意外と奥行きがある神社だったのですね。

 

 

入ってすぐ左側に立派な松があるました。

何とこれも推定樹齢800年です!

樹高12メートル。スッと真っ直ぐ立つ姿が素敵ですね。

県の天然記念物し指定されています。

これは五葉松という品種だそうです。

反対側には昭和天皇御手植えの五葉松もありました。

 

 

説明板があったので貼っておきます。

あ、二之鳥居くぐってすぐの見立神社って、狩野三郎行広さんが祀られている神社だったのね・・・。見逃してました。

あとでじっくり読もうと思って写真だけ撮っているとこういう事が起きるのです・・。がっかり。

現在の本殿は1607年に那須資晴(すけはる)によって建立されたとあります。

拝殿・幣殿は比較的新しく、昭和60年だそうです。

 

さて、お待たせ致しました。こちらが拝殿です。

装飾などはあまり無く質素な造りの様に見えますが、木の重厚さを感じられます。

右に見える小さな鳥居の奥は九尾稲荷神社です。小さな石の祠があります。

余談ですが、大田原には「玉藻稲荷神社」という神社があるそうですね。少し気になります。

私はこの扉の感じがカッコ良くて好きです。

因みに本殿は見えない仕様でした。

 

左手には愛宕神水へと続く遊歩道があり、右手に進むと殺生石へと続く道へと出れます。どちらもこの山の自然を感じられる歩道です。

 

若干駆け足気味に神社散策をしておりましたが、松明行列受付開始の時間が近づいて来ました。

受付場所の観光協会が近い大鳥居まで、今来た道を戻る事にします。

 

次回、いよいよ御神火が点火されます!

 

続く・・・

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