鋼鉄のうばたま

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那須の 御神火祭 で 狐人間 になろう① 教伝地蔵尊 & 九尾の狐伝説

2018年5月27日、那須御神火祭に参加しに行って来ました。

このお祭り、栃木県民でも意外と知らない人が多いんです。

私も存在を知ったのは2年くらい前で、那須波切不動尊火祭り(←これも興味あるけど行った事無い)について調べていた時に発見。

因みに那須波切不動尊火祭りとは、毎年6月28日に那須塩原金乗院で行われる祭りで、火にかけられた大きな鉄鍋にお坊さんが座ったり、燃える火の中を歩いたりする、なかなかクレイジーでアグレッシブな祭りである。荒行に興味のある方、燃え跡を素足で歩ける一般参加もあるそうなので是非チャレンジを。あんまり熱く無いんじゃないかな?多分。

 

那須の御神火祭の記事をネットで発見した時、「栃木にこんなカッコいい祭りがあったのか」と驚きました。

大きな炎の前で狐面を被り、金色の長い髪を着けた白装束の方が太鼓を叩いてる写真がとても迫力がありまいた。

地元雑誌を見て知った主人に「行く?」と聞かれ、当然の2つ返事。

 

さて、実は存在は知っていたけれど、写真で何となくの雰囲気、しかも極限られた場面しか知らない私。

主人は早めに行って“松明行列”に参加しようと言う。なんじゃら?

何やら白装束を着て松明持って歩くらしい。

よく分からないが折角なので参加する事にしました。

 

祭りの会場はかの有名な殺生石の前。

主人が前日に観光協会に電話して確認してみた所によると、当日はそこの駐車場には止められず、近くのビジターセンターと那須小に停められるという。しかし、ビジターセンターは早い時間からいっぱいになって停められないかも、との事。

松明行列の受付は16時からだが、14時から諸々のイベントが始まるらしいし(因みに終わるのは20時頃)、車が止められないと困るので13時半過ぎ頃に那須小に到着。

ここで来年行く方へご注意。実は小学校が解放されるのは15時半~16時だというのです。

仕方が無いので殺生石を少し超えた所にあるビジターセンターまで行くも満車。暫く空くのをじっと待つ他無い。

しかし、駐車場案内係の若者がとても親切で、どこか空くとすぐさま走っていき、場所取りしてくれるので、後から来た人に先を越されるなんて事は無かったです。

ありがとうお兄さん。そしてお疲れ様でした!

 

ビジターセンターから殺生石までは約400メートル。13時から15時までならシャトルバスも出ているが、歩いても大した距離ではない。坂だけど。

因みに那須小のシャトルバスは16時~21時。


教伝地蔵尊縁日

2時ちょい過ぎに殺生石に着くと出店が殆ど揃いつつありました。そしてスピーカーから何やらお経の声が・・・。

教伝地蔵尊縁日」の最中でした。

殺生石へと続く左側の歩道を進んでいくと、千体地蔵の先の何やらデカいお地蔵さんの前にお坊様が3人いらっしゃいます。

この画像左側にある紅白幕の上にお地蔵様があります。

そのお地蔵さんは、教伝地蔵尊。教伝とは実在した住職らしい。※あくまで伝説

さぞ立派な方だったのであろう・・・などと思っていたらまさかの逆!

 

簡単に説明すると・・・

生まれながらの不良少年・教伝は、母が心配してお寺に預けるも全く更生しない。それでも28歳で寺の跡を継ぎ住職となり、寺に母と住む。ある日、仲間と殺生石見学に出かけようと旅の準備をしていた。そこで朝ごはんを勧めてくれる母。旅の準備も終わって無いのに食えるかと、母の腹に蹴りを入れる教伝。酷い。そして旅に出て、目的の殺生石に着くと晴れていたのに突然の激しい雷雨。地は揺れ、何と地面から火災熱湯が噴出。逃げる仲間。何故か動けぬ教伝は火に呑まれる。今朝の母に対する悪態の天罰が当たって火の海地獄に堕ちていくんだと叫ぶ教伝。仲間は必死に教伝を引き出すが既に腰から下は炭の様になり息を引き取っていた。それが1336年の出来事。1721年になって那須湯本の有志が地蔵を建立して供養。親不幸のいましめとして参拝者が続いた。

 

・・・という伝説。

事件から建立まで385年も経っている事が少し気になりますね。

1721年(享保5年)に造った教伝さんは何度か天災に合い、首がもげてしまい原型が

よく分からない状態になったそうです。

昭和何年だったかに地元の石工、櫛田さんが修復して下さり、もう一体新しく、教伝地蔵尊を作成。

現在の配置は、一番大きく真ん中に座っているのが新しい教伝、右奥に旧教伝、新教伝の手前左右に小地蔵となってます。

この小地蔵が、今、写真撮影に人気の「千体地蔵」の始まりの元になっている物です。

地元の人から「あれ良いね。もっと造って貰って千体になるまでみんなで寄進しない?」的な話になり、一時、国から反対されて撤去したりと紆余曲折ありながら、現在に至るんだそうです。

40年近く前の話。

殺生石の歴史からすると案外最近の出来事ですね。

この式典の最後の方で「地蔵様にパワーを入れて下さり誠に有難う御座います」とスピーチしていたお爺様は今思うと櫛田様だったかも知れない。どうだろう・・。

それにしても、現在何体あるのか分からないが、これ全て櫛田様お一人で造られたというから驚き。

印象的な大きな手でお祈りしているお地蔵さんの表情は一体一体異なるが、皆優しいお顔をしています。何とも味わい深い姿です。

そして皆、毛糸の帽子と手袋を着用していますが、それはボロボロになっている物は一つも無く、人の温かさを感じます。


白面金毛九尾の狐

さて、今回の主役は何と言っても九尾の狐様です。

こちらが御存知!殺生石です。

もしかして、「御存知!」なのは栃木県民だけでしょうか・・・

あの「うしおととら」の怖~いラスボス、白面の者のモデル(が変化した岩の一部)です!

現場に着くと、てっぺんの大きな白っぽい岩が一番目立って見える為、これを殺生石だと思いがちなんですが、良く見渡すとずっと手前、殺生石と書かれた木がある奥にしめ縄で括られた岩があります。これがそうです。

昔の人は、ここで人や獣が死んでいるのをみて、呪われた岩があると思い、どれか特定した様です。

あ、ここで一つ注意です。

昔ほどでは無いけれど、今でも硫化水素亜硫酸などの有毒ガスが噴出しています。

地面に近い場所にガスは溜まるそうなので、ペットをお連れの方は抱っこして見学した方が良いでしょう。

それと、私は昔喘息持ちだったんですが、この所謂、硫黄臭いのが苦手で、遠足でここを訪れた時、実は苦しかったです。キツイ匂いで発作を起こす事がある方は(喘息に限らず)身体と相談して下さい。

 

かの松尾芭蕉は「奥のほそ道」の中で「蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す」と言っており、いやまさか、そんな虫の死骸だらけな訳無いよね?とも思うが、それ程当時は強烈だったのかも知れませんね。

これは神社側から「賽の河原」を撮った写真ですが、こんなに緑豊かな場所なのに、このエリアだけ草も殆ど生えてない。クッキリ分かれてます。

 

ここで、この殺生石の伝説について、簡単におさらいです。

昔々、中国やインドで悪さをしていた九尾の狐が「玉藻の前」という超絶美人の姿になり、鳥羽上皇の前に現れた。溺愛する上皇。狙いは日本国滅亡。その内に原因不明の病に倒れ、みるみる身体が弱っていく上皇陰陽師・安倍泰成は玉藻の前の正体を暴き真言を唱えた。すると玉藻の前は白面金毛九尾の狐の姿を現すが、宮中を抜け出して行方を眩ましてしまう。那須野が原に行き着いた九尾の狐は、ここでは人間に化ける必要は無いと、恐ろしい姿のまま婦女子をさらったり悪さを繰り返す。噂は宮中に響き、那須野領主の要請もあり、今度は安倍泰成を軍師とし、三浦介義明、千葉介常胤、上総介広常を将軍に、討伐軍を編成。一時は劣勢になるも立て直し、徐々に九尾の狐を追い込み、ついに息の根を止めるに至る。しかし九尾の狐は巨大な毒石に姿を変えてしまい、近づく人間や獣の命を奪う様になってしまう。それは鳥羽上皇死後も続いた。村人はその石を「殺生石」と名付けた。ある日、白河のとても偉いお坊様、玄翁和尚殺生石を破壊してくれる。石は3つに割れ、各地に飛散し、力を弱めた殺生石。その一つがここに残ったという。

 

多分、色んな伝説が合わさってこの殺生石伝説になっているんでしょうね。狐の尾っぽは2本だったという説もあるみたいです。

因みに、頭の両端に尖りの無い金槌、まぁ、一般的な金槌の事を「玄能」と呼びます。この殺生石を砕いた玄翁和尚から名が付いたそうです。

玄翁和尚のお墓は結城市安穏寺の近く(分骨)と、喜多方の示現寺(本墓)にあります。

殺生石を砕いたのは1385年頃だと言われています。

鳥羽上皇が亡くなったのが1123年頃なので、随分永い期間殺生石の毒に悩まされていたんですね。

 

で、この3つに割れた石の、他2つはどこにあるのでしょう。

一般的には3つの高田という地名の土地に飛んだと言われています。・・・もうこの時点で割れたのは4つでは無いですか。そして何故「高田」なのか。

これについては納得出来る様な記事が見付からず、分からず終いです。

で、その3つの高田は・・

 

美作国高田(現岡山県真庭市化生寺

越後国高田(現新潟市上越市

豊後国高田(現大分県豊後高田市)又は、安芸国高田(現広島県安芸高田市

なのですが、他にも殺生石が飛んで来たという所はあります。

 

福島県猪苗代町土田

福島県大沼郡会津美里町宮林・伊佐須美神社の境外、殺生石稲荷神社

福島県白河市表郷中寺字屋敷・常在院

那須烏山市の解石神社

愛知県西三河

などなど、まだ沢山ありました。凄い割れてますね。

 

この後、隣りの温泉神社へ行きます。

 

続く・・・

那須の 御神火祭 で狐人間になろう② 那須温泉神社 - 鋼鉄のうばたま