鋼鉄のうばたま

メタル大好き主婦のブログ

幼児期 、何を考えていたか覚えていますか?


幼児期の記憶

あなたの記憶はいつからですか?

私は3歳からです。

先日、両親と幼い日の思い出話に花を咲かせていた時に、通っていた水泳教室の名前や練習内容、遊んでいた時の記憶などを伝えたら、両親は、それくらいだと言っていました。

もっと古い記憶だと、いとこのお兄ちゃんに囃し立てられながら、四つん這いで必死に階段を上った事だと思うのですが、それがどこの家だったのかも思い出せないし、両親にも確認していないので、それが何歳だったのかは分かりませんが、多分それも3歳くらいだったかもしれません。

上るより降りる方が怖かったから必死だった事を生々しく覚えています。

 

両親は「良く覚えてるなー」と言っていましたが、これはどうやら一般的な事の様です。

 

脳の記憶を司っている部分である「海馬」の発達が大体3歳から活発になるからだそうです。

それ以前はまだまだ未発達な状態なので、1歳で数週間、2歳で数ヶ月、3歳で1年しか記憶を保存出来ないとの事。

更に、3歳以前の頃を忘れてしまう「幼少期健忘」というものがあり、これは何故起こるのかはまだ解明されていない様ですが、脳の発達の過程で起こってしまう現象だそうです。

 

しかし、ここで不思議なのは、極まれに産まれた瞬間の事や、胎内に居た時の記憶まで大人になっても持っている方も居るという事実です。

海馬が発達していない状態で記憶が残っているというのは何故なのでしょう?

それでも、多くの例がある以上「絶対無い」とは言えませんね。

子供の頃の主治医が言っていました「医学では、絶対という言葉は使っちゃいけないんだよ」と。

 

色々ググってみると、「幼児期健忘」が始まる前の2~3歳の子供に産まれる前の事を覚えているか聞き出すというのがママさん達の間でよく話題になるみたいで、この話にも大変驚かされました。

「お母さんのピアノの音がうるさかった」とか「お腹の中に紐の玩具(へその緒)置いて来ちゃったみたい」だとか「いつもお風呂に浸かってた」とか・・・。

ここまでは何となく分かります。

中には何と、射精前の精子だった時の記憶や、現世では無い所での記憶がある子まで居るそうです。

ここまで行くとすっかりスピリチュアルな世界ですね。

 

この辺りの記憶について興味のある方は、以下のサイトが分かり易くて面白かったので読んでみて下さい。

赤ちゃんはいつから記憶あるの?お腹の中を覚えているのはなぜ?ーすくすく育児

 


表現力が無いだけ

さてさて、こっからが本題です。

 

私が3歳からの記憶がある事が一般的だとわかりましたが、私の周囲の人たちの話によると「もっとはっきり沢山覚えている」という方も居れば、「確かにポツポツと覚えているけど、そんなに沢山覚えていない」という人も居ます。

殆どが後者です。

私に「よく覚えてんな」と言った両親も勿論後者に当て嵌まります。

つまり、「幼児はきっと時が過ぎればすぐに忘れるだろう」という考えになりがちです。

 

以下の事は、私の記憶の中の些細な出来事なのですが・・・・

 

私の後追いが酷い時がありました。多分4歳くらいです。

母とはいつでも一緒に居るのが当たり前だと思っていたのです。

ある時母が一人で買い物に出掛けようとしていました。

何故一人で行こうとしているのかすら理解出来ません。

当然の様に私も付いて行こうとしました。

しかし、「駄目」と言われました。理解出来ません。納得いきません。

泣いて訴えました。何故拒否されるのか分からず、凄く悲しい気分になったからです。

その時、母は「分かった。置いていかないから。」と言い、何か別の事に注意を向ける様に言われ(それが何だったか忘れました)父と少しその場を離れました。

暫く意識はそちらにいきましたが、はたと気付き、玄関の方を見ました。

あれ?周りを見回しました。あれ??

 

母が居ない!!!

 

父に聞くと「出掛けた」と言うではありませんか!

これは凄いショックでした。

親に騙されたんです。絶対的信用を置いていた母親に!

それ以降、私は「親も信用してはいけない」という考えが根強く残る事になりました。

 

と・・・、まあ、こんな感じなのですが。

こういう事って正直よくあると思います。

言っても分かって貰えないだろうし、だったらその場を何とか誤魔化してやり過ごそう、と。

でも、この経験からどんな忙しくても、どんな幼い子供でも、騙す様な事だけは止めようと思っています。

そして、ママになる友人にはこの出来事を必ず話す事にしています。

 

子供って言葉による表現力が無いだけで、物凄く沢山の事を考えています。経験値が無い分、多分大人より沢山の事を考え感じているんですね。

 

私のエピソードをもう一つ。

 

私が5~6歳の時、ある考えに没頭していました。

“何故、あるの?”

周りの物全てが当たり前の様に「そこ」にある事に不思議だと思う様になったのです。

そこの石は、雲は、砂は、水は、木は、先生は、親は、おばあちゃんは、ひいおばあちゃんは、私は、一体どこから発生して、何故存在しているのか。

この疑問はどうしても上手く言葉に出来ず、毎日悶々と疑問に悩まされていました。

自分の心と他人の心が別々である事すら不思議と感じていました。

「個」と「他」がある事の謎。

特に「心」の存在がとにかく不思議で、何であるのか考えるだけで時間がどんどん過ぎて行きました。

その頃私は慢性的な鼻炎で、口呼吸しか出来ず、いつでも口を半開きにして、ポケーっとそんな事を考えてばかりいたので、傍から見たら何にも考えて無いで呆けていた様にしか見えていなかった事でしょう。

 

ある日、一つ上のいとこと話していた時、彼女は言いました「たまに、何で私は私なんだろうって思わない?」と。

この言葉に私は興奮しました。

「これだ!」と大変嬉しくなりました。「うん!思ってた!」と仲間がいた事と、表現する言葉が見付かった事に小躍りしました。

これで親に聞ける!

私は早速長い事抱えていた疑問を母にぶつけました。

 

「何で〇〇(私)は〇〇なの?」

 

・・・・

 

突然幼児からこう言われて答えられますか?意味不明ですよね?

母からの回答は私の疑問の方向とは違う答えだったと思います。

確か自分の名前の由来が聞きたいと思われたとか、そんな感じでした。

私は、何とか分かって貰おうと言葉を変えました。

私や人間が、宇宙がどうしてあるのかといった事を何とか私なりに表現し、しっちゃかめっちゃかになりながらも一生懸命ききました。

私は母から産まれ、母は祖母から産まれ、最終的に、生き物・地球・宇宙、全部神様が作ったんだという、答えが返ってきました。

「じゃあ、神様はどこから生まれたの?」

そんな事、誰も答えられません。

そもそも「神様」という存在自体が漠然とし過ぎているし、どうやって全てを作ったかも分からないし、理由も分からないのでモヤモヤしていました。

母は「神様は誰も作れないんじゃないかな。」と言っていたと思います。

母は今思えばよく答えてくれたと思います。※念の為に記しておきますが、母はお墓参りには行くけど精神的には無宗教なよくいる一般的な日本人です。

しかし、私は全然納得がいかず、何も解決していないとガッカリしました。

先に生まれた姉が漢字を知っている様に、大人は周りの物事全てを理解していると思っていたのだから大変です。

 

この事を去年、父と実家で飲んでいる時に話しました。

「何で言わなかったんだぃ?言ってくれれば良かったのに」

と父は言いました。

父は文学好きで雑学も嫌いでは無いので、この手の話はもっと沢山答えてくれたかも知れません。

私は父に聞かなかった事を後悔しました。

長い事囚われていたその疑問は、いつしか諦め、小学校に上がる頃には目の前の事で忙しくて忘れていったのです。

もしあの時、ある程度納得が出来る答えが見つかったならば、私は化学に目覚めていたかも知れません。

 

と、こんな感じで、「幼児に理屈を言っても分からない」のでは無く、「幼児こそ理屈を欲している」のでは無いかと考えます。

簡単な答えばかりでは無く、難しい答えも教えてみると面白いかも知れません。

疑問は扉です。

聞いて「なんだ。詰まらないや。」となるか「面白い!もっと知りたい!」となるか・・・。

先はどこに繋がっているかと思うとワクワクします。

子供の疑問に答えられる様になる為にも、沢山の事に興味を持って、沢山の事を知っておきたいと思っています♪